これをしたといえるものはない。
こんなふうに生きちゃいけなかった。
きみはそういって、静かに笑った。
怒りを表にあらわすことをしなかった。
静かな微笑は、けれども、
きみの怒りの表現だったとおもう。
きみが叫ぶのを聞いたことがない。
慎ましさが、きみの悪徳だった。
癒すすべのない病に襲われても
慎ましさを、頑としてまもった。
蝶を愛し、ジャズを愛し、
話すときは、まっすぐ目をみて話した。
何一つ、後に遺すことをしなかった、
心の酸のような、微笑のほかは。
「人間は、一つの死体をかついでいる小さな魂にすぎない」
さよなら、きみのことを
ほんとうは何も知らなかった。
〜長田弘〜